「アジア通貨危機」とは?

アジア通貨危機とは、1997年5月、タイを中心に始まったアジア各国の急激な通貨の下落現象のことで、東アジア、東南アジアの各国経済に深刻な影響を及ぼしました。

アジア通貨危機が起きる前までのタイでは、外国企業を積極的に誘致し、輸出産業を活性化させることによって国内経済を成長させる政策を進めていました。

この成長モデルは、国内の経済力も技術力も弱いタイにとって、外貨と先進技術の獲得、そして雇用の確保の面から非常に魅力的かつ効果的なものでした。

実際、アジア通貨危機が起こるまでのタイは、輸出産業の発展によって経済発展を急速に遂げ、「アジアの奇跡」とまで呼ばれていたのです。

当時はドルペッグ制を背景にした経済発展が続いていた

外国企業の誘致に際して効果を発揮したのが、「ドルペッグ制」と呼ばれる為替通貨レートの設定方式でした。

ドルペッグ制とは、為替介入を常時行うことによって自国通貨の為替レートを米ドルに連動させ、実質的な固定相場状態にする通貨制度のことです。

タイのような経済的な発展途上国では、国内情勢の変動によって為替レートが強く影響を受け、値動きが極めて不安定になりやすい傾向があります。

こうした状況では、外国企業や投資家は投資リスクが高いと判断しますので、投資を手控えてしまいます。

そこでタイをはじめとした東南アジア諸国は、米ドルという信用力の高い通貨と為替レートをそろえること──つまりドルペッグ制を採用して実質的な固定相場制にすることで、ドル資産を持つ外国企業や投資家が投資しやすい環境を整えたのです。

当時の東南アジア諸国にとって幸いなことに、米ドルは他の通貨に対して全面安の状態で、米ドルと連動するタイの通貨「バーツ」も通貨安の状態になっていました。

経済発展を続ける国内の経済状態に比べ、バーツ通貨がとても割安な状態になることで、外国企業や投資家にとって魅力が高まり、外国企業の誘致が進み、投資が次々に集まっていったのです。

こうした好循環により、当時のタイをはじめとした東南アジア諸国は、急速に経済発展を遂げることとなりました。

しかしこの後、アメリカの経済政策の転換によって、東南アジア諸国は大変厳しい事態に追い込まれていくことになります。

アメリカの経済政策の転換「強いドルの復活」

米ドルは世界的な通貨安の状態を続けていましたが、ついにドル円の為替レートで79円台にまでドル安が進行してしまいました。

このドル安に強い危機感をもったアメリカ政府は、ドル高へ誘導する政策の実施を決断します。

こうして為替相場は一気にドル高へと流れを変え、ドルペッグ制を採用するバーツをはじめとした東南アジア各国の通貨も、同じように通貨高へと進んでいきました。

輸出産業で外貨を獲得して経済発展を続ける国にとって、自国の通貨高は国際競争力をそぎ落とし、投資対象としての魅力を半減させてしまいます。

同じ時期の中国が人民元を切り下げた(通貨安にした)ことによって国際競争力を高めたのとは正反対の状況です。

経済的な低迷に苦しむタイは追い詰められていった

アメリカ政府によるドル高への誘導政策によって「強いドル」が復活したことと、中国の急速な経済発展により、通貨危機が始まる以前に既に東南アジア諸国の経済発展のスピードは鈍化し、停滞の兆しを見せ始めていました。

そうした中でタイは、深刻な経済的低迷に悩んでいました。

本来なら、このような経済状態の国の通貨は安くなるのが道理です。

しかしドルペッグ制によって実質的な固定相場制になっていたバーツ通貨は、「強いドル」に牽引される形で、実体にそぐわないバーツ高となっていたのです。

バーツ高によって、タイは投資対象として割高な状態になりつつあった上に、輸出産業にとっては自国通貨高が競争力を大きく阻害する要因になっていました。

外国企業や投資家はタイのこうした現状と経済成長の鈍化を見て、投資先としての将来性に疑問を抱き始めていました。

タイ政府としては過剰なバーツ高は頭痛の種ですが、だからといって今、ドルペッグ制を放棄することはできません。

現在のタイ経済への信用、すなわちバーツ通貨の信用は、米ドルと同調していることによって担保されているため、自国の都合で単純にドルペッグ制を放棄するという訳にはいかないのです。

ドルペッグ制を放棄してしまうとバーツ通貨の信用が失墜し、バーツ通貨が暴落して極めて不安定になり、国内経済は混乱に陥り、外国企業は撤退し、海外からの投資資金はタイから引き上げられてしまいます。

投資資金が引き上げられてしまうということは、バーツが売られて米ドルが買い戻されることを意味します。

この為替取引によって更にバーツ安になり、それが負のスパイラルとなって、急速にバーツ通貨の国際的価値が失われていくことになってしまいます。

このような背景から、タイ政府としては上手い解決策を見いだせずに、経済的な低迷に喘いでいたのです。

この状況に、目ざとく利益のにおいを嗅ぎつけたのがヘッジファンドでした。

そしてアジア通貨危機が始まった

ヘッジファンドは、バーツ通貨がタイの実体経済にそぐわない状態であることから、タイ政府がドルペッグ制を維持できなくなればバーツは暴落すると見て取りました。

そこでヘッジファンドは1997年5月14日、バーツを大量に売る「空売り」を仕掛けます。

ちなみに、このヘッジファンドによる売り仕掛けは、ジョージ・ソロスによる「ポンド売り」と同じ構図です。

タイ政府としては、バーツが米ドルに比べて安くならないよう、政府が保有する米ドルを売って(為替介入を行って)バーツを買い支えるしかありません。

もしタイ政府が保有する米ドルが底をつきてしまうと、ドルペッグ制が維持できなくなってバーツは暴落してしまいます。

そうなるとヘッジファンドは莫大な利益を得ることになります。

そして現実はどうなったかというと、タイ政府は準備外貨を切り崩してバーツを買い支えようとしたものの奮闘むなしく、多くのヘッジファンド勢の売り攻勢によって政府の外貨は底をつき、同年7月2日ついにドルペッグ制が放棄され、変動為替相場制へと移行したのでした。

それまでドルペッグ制によって1ドル=24.5バーツだった為替レートは、変動為替相場制への移行後には最大1ドル=56バーツ台にまで暴落していくことになります。

これによりヘッジファンド勢は莫大な利益を得ることとなったのです。

タイ経済は大混乱に陥りました。

バーツ通貨の信用は地に落ち、暴落によって投資資金は引き上げられ(バーツが売られドルが買われた)、その動きがさらなるバーツの下落を呼び込み、まさに負のスパイラルとなりました。

国外企業の撤退によって輸出産業は大ダメージを受け、国内の雇用は悪化し、不動産バブルの崩壊も起き、企業倒産が相次ぎました。

さらに悪いことに、タイ政府はドルペッグ制の維持のためにIMF(国際通貨基金)から外貨(米ドル)を借りたのですが、その条件として「財政緊縮」が課せられたため、国内経済の冷え込みが加速してしまったのです。

こうして我が世の春を謳歌していたタイは、あっという間に経済破綻してしまい、IMFの管理下に置かれるまでになってしまいます。

同じような経済崩壊は他の東南アジア諸国でも発生し、アジアの経済発展は大きく足踏みをすることとなりました。

以上、FX専門用語「アジア通貨危機」の意味と解説についてお伝えしました。

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